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【 耳切り事件】激しい感情のゴッホが見ていた優しい光の世界

【 耳切り事件】激しい感情のゴッホが見ていた優しい光の世界

ずっと信じてきた恋を失った時、目の前の景色はどんな風に映りましたか。
揺るぎないはずだった愛が枯れ果ててしまった時、自分の存在さえもが息苦しく心を支えるのが難しくはありませんでしたか。

昨日まで何でもなかったこの目に見える世界が、心の状態ひとつでまるで違う存在感を持ちまるで違う輝きかたをすると知った瞬間です。

あなたにはそういった経験がありませんか?
「心の極限状態」とでも言うべきこういった気持ちありかたは、実は芸術家が作品を創り出す時の精神状態に近いのではないでしょうか。

いまから150年ほど前にフィンセント・ファン・ゴッホという画家がいました。美術の教科書にも取り上げられている著名な画家です。「ひまわり」という作品が特に有名ですね。

ゴッホはキャンパスと向かい合った時、いつもそうした心の極限状態にいた。わたしはそう考えています。

【 耳切り事件】激しい感情のゴッホが見ていた優しい光の世界
版権: neftali77 / 123RF 写真素材

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【ゴッホとゴーギャン、そしてあまりにも有名な耳切り事件】

ゴッホは19世紀後半を生きたオランダ生まれの画家です。28歳になってから画家を志し37歳という若さで亡くなっています。ですので画家としてのキャリアはたった9年間だけ。太く短く…といったところです。しかも生前に売れた彼の絵は1枚だけでした。就職もうまくいかず、生活費はテオという弟の援助に頼っていました。今でいうニートですね。しかも生まれついて激しかった性格が37年という時を経て、精神病院でのピストル自殺という結末を迎えます。経歴だけ見るとまるで救いがありません。

いっぽう美術史の側面から見ますとゴッホは「ポスト印象派」と呼ばれ、印象派のあとに来た現代美術への新しい芽を感じさせる作家といった位置づけです。

ゴッホの人生はある意味で非常に象徴的です。芸術家にはとかくこうした「生きにくい人」が多いのです。

そんな気難しげなゴッホにもひとり憧れていた先輩がいました。ゴーギャンです。ゴーギャンは平板でしかし力強い筆致の大胆な表現を特徴とした画家でした。また南国的な風景の描写で評価が高い画家でもあります。

ゴッホはある時期にその尊敬するゴーギャンとの共同生活を計画していました。

尊敬する人間と同じ空間で制作をしながら生活する。これは作品を作り出す人間にとって良い刺激を与えてもらえることを期待してしまう環境と言えます。

ゴッホは期待に胸を膨らませゴーギャンを迎えるための絵を何枚か描いたりもしました。人付き合いに難を抱えて友情に恵まれたとも言い難かったゴッホにとって、この共同生活は夢のように映ったかもしれません。

しかしその生活もおよそ2ヶ月で破綻します。お互い絵画に対する確固たる哲学を持った姿勢が激しく衝突、ふたりの関係を悪い方向へと向かわせてしまったからです。

きっと「こんなはずではなかった」というのがゴッホの正直な気持ちではないでしょうか。「どうして僕はこうなってしまうんだろう…?」「お互いに分かり合えると思っていた期待は完全に失われてしまった」…そんなことを考えたのではないでしょうか。

ですから次第に心神喪失と言いますか正しい判断力が鈍っていったのかもしれません。失意のあまりゴッホは自分の耳を切り落とすという行為に出ます。自傷です。

プロの芸術家は、一つひとつの作品に全てを賭けています。ですからゴッホとゴーギャンのように他人との意見の衝突も珍しいことではないのです。ですがそれは孤独と裏表で「わたしはこうありたい!」の裏側にいつも「本当は誰かと分り合いたい」という切実な悩みを抱えています。したがって彼らは「生きにくい」。

でもその生きにくさの内容もいろいろで、芸術家自身がおかれた時代や環境とどう巡りあわせるかという点によってまた彼らの運命が決まっていく傾向があります。

 

【あなたもゴッホかもしれない】

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ゴッホは不遇な人でした。そこには彼自身の性格も大きく影響していて、ゴーギャンとの一件からも分かるように大雑把に言うと彼は生きにくさの中でのたうちまわる「すごく面倒な人」だったのではないかと想像します。

面倒な人は自分自身が面倒であることを知っています。でも面倒な人間であることを簡単にはやめられない。やめられなくて自己嫌悪に陥る。それと同時に彼らは社会や他人との摩擦や軋轢によっていつもヘトヘトに疲れています。

だからこうした面倒な人というのは自己の内側と外側から攻撃や刺激を受けてしまい相当にダメージを溜め込んでしまっている。

ここで読者の中には「良かった、わたしはそんな面倒な人じゃない」…と安心している人がいるかもしれません。「そんな変人、私には関わりがない」…しかしそんなあなたにひとつ問いたい。

普段は特に「生きにくさ」を感じていない、とってもノーマルな人当たりの良いあなただって、一時的に「面倒くさい人」になる時があります。

大きなストレスがかかった時がそうです。

仕事に追い詰められている時、視野が狭くなって家族や恋人にすぐにイライラをぶつけていませんか?
大切な人と別れてしまった時、いつも楽しかったことがなんの興味も惹かなくなったりしませんか? 逆にちっとも感じるものがなかった些細な出来事に突然はげしく心を揺さぶられた経験はありませんか?

弱音を吐き愚痴をこぼし、まわりの人にすがったり助けを求めたりして、やがて彼らとの関係がギクシャクし始めたら「どうしてうまくいかないんだろう?」と悲嘆に暮れてあるいは怒りに燃え、眼に映るもの全てから色彩が失われてしまったかのような日々を送ったことはないでしょうか。

でもそんな時にふと顔を上げてみると、茜色のグラデーションを描く夕焼けに涙がこぼれたり、水平線で溶けあう真っ青な海と空に心を奪われたり。いつもは気にもとめていなかった家族の笑顔や友人の優しい言葉がじんわり心にしみたり。

苦しくてどうしようもない日々と同じ瞬間に、いつもとは違う、世界はこんなにも光と優しさに溢れていたのだと感じることがありませんか? 今まで気がつかなかったそんな感情の高ぶりに翻弄される瞬間があるはずです。そしてその感情は迷っては苦しんでいる自分自身と激しく交わるでしょう。

冒頭に述べたいわば「心の極限状態」は、ふとした、ささやかな世界の一瞬のきらめきをとらえて離さないものなのです。

これも筆者の推測ですがゴッホの作品の一部はそうした感情によって塗り込められています。彼の経歴にもあるように若い時には宗教に傾倒して聖職者を目指し、幾度も挫折を繰り返し定職もなく、弟に食べさせてもらいながらも女性関係は意外に派手でした。

聖職者から画家というゴッホが歩んだルートが示しているのは、目の前の日常に対してあまり細やかな配慮はしないまま「人間の幸福」や「世界の平和」、「愛の偉大さ」といった大きなものに常に注意と関心が向けられていた彼の性格を示しているようにも感じます。

人生の大切な場面でいつも我慢が効かず、気持ちが抑えきれない人、こうした人が自分であっても他人であっても実に「面倒くさい」ことに異論はないかと考えます。
ただそれはワガママだとか不遜だとかそういう意味ではなく、ゴッホは内なる感情が普通の人よりも鋭く立ち上がってくる人間だったのではないでしょうか。

もしあなたがゴッホの作品に向き合った時に、彼の「その面倒くささ」に寄り添いながら過去の自分の体験と重ね合わせて作品向き合ってみてはどうでしょう。もしかしたらゴッホが作品を描いていた時の気持ちが自分の中に自然と入ってくるかもしれません。

あなたが何かに傷ついて疲れ切った時の気持ちを思い出しながらゴッホの作品を見つめてみてください。

彼の色彩は明るいだけではありません。彼の描くかたちはダイナミックなだけではない。情熱とか激しさとかそういうシンプルな言葉で整理できるほどゴッホが感じ取ったものは単純ではないということです。

【輝くゴッホのひまわり】

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美術史の中でゴッホは「ポスト印象派」に位置づけられると前に述べました。
ポスト印象派というのは印象派の後に来るグループくらいの意味ですが、そもそもメインとなる印象派とはどういったものだったのでしょうか。

日本人は印象派の絵画を好むという話があります。どうしてそうなのか分かりませんし興味もないのですが、ひとつ印象派の絵画のとらえかたとして「連続した時間と光線の揺らぎが描かれている」…ということを理解したほうが良いかもしれません。

もし印象派と呼ばれる画家や作品をご存知でしたら何か思い出してみてください。

印象派の題材は、その多くが当時の人々の姿であり日常の風景です。テーマとしては退屈かもしれません。ですがありきたりの日常をじっと眺めたときに見えてくるものがあります。私たちを取り巻く世界が見せてくれるものとは、実は克明に一瞬一瞬を切り取った写真なのではなく、連続する光と反射の揺らめきなのかもしれない…という発見です。

印象派とその絵画作品は、いわば光のキャンパスを何重にも重ね合わせつつ、そこに画家や鑑賞者の自我さえも溶かし込んで世界を大きく捉えよう…という試みだと私は理解しています。

ではゴッホはどのように印象派とその思想に向き合っていたのでしょう。

わずか9年間だけではありましたが、ゴッホの作風とそして彼が何を描くべきか?…といった視点はいつも前進していました。

一つひとつの作品には言及しませんが、ゴッホのキャリアの初期の一部の作品を除けば彼が作り出す絵画にあふれているのは突き抜けるほどに明るい色彩です。

ただ明るいだけではない、そこには深く研究された秘密がありました。

補色、あるいは反対色という言葉を聞いたことはありますか。例えば赤と緑、黄色と紫です。まぜるとひどく暗い色になりますが、原色のまま並べると互いに引き立て合い遠くから眺めるとお互いの色が鮮やかに見えます。

厳密に補色ではないにせよ、絵の題材や構図をよく考えて、テーマが引き立つような、もっと言えば輝くような配色に大きな注意を払っていた向きもありました。色の輝き…というものはゴッホのひとつ大切なテーマであったようにも感じます。とりわけ有名な一連のひまわりを描いた作品は色彩の輝きが際立っているように見えます。

色が鮮やかで輝くばかりの絵画たち。先入観かもしれませんが、しかしそこにはわたしはゴッホの狂気に近いものを感じてしまいます。特に晩年、ビストル自殺を図る直前の自画像などは特に。

【光のさらにその奥へ】

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ゴッホの色彩の輝きは圧倒的で崇高でさえあります。まるで大空を見上げたとき眼に鋭く差し込む太陽の光によって引き起こされる「真っ青なめまい」といった感覚に似ています。

いつもこんな風に目の前の景色が、あるいは鏡に映った自分の姿が、ドカドカと頭の中に飛び込んできたらどうでしょう。あなたがもしゴッホだったら、いつも正常な精神でいられるでしょうか。

かなり乱暴な言いかたかもしれませんが印象派は光を描きました。では印象派を継ぐものとしてゴッホは何を描いたのでしょうか?

わたしの考えではゴッホは光の背後にあるものを描いたのです。光を放つもの自体の、その奥にひそむ光ではない何か。しかしそれは何でしょうか。存在とか不条理とかそういった言葉が浮かんできますが、どれも正しくないようにも感じます。

「何かが隠されているけれども言葉にできない」…これはもうそのまま絵画の存在理由と言えるかもしれません。言葉にできないから絵が、作品が、そこに在るべきなのだと。

制作に向かうゴッホの精神には驚きがあり喜びがあり、それと同じだけの悲しみがあってそのどれもが非常に激しいものだったに違いありません。

 

そんなゴッホの生涯を油絵のみで製作された長編アニメーション映画「Loving Vincent」が2016年9月に公開され話題になりました。

 

愛知県美術館(愛知芸術センター10階)では1/3〜3/20まで「ゴッホとゴーギャン展」が開催されます。

是非会場に足を運んでゴッホが描いたキャンパスの向こう側にあるものが何なのか、考えて、そして感じとってみてください。

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レイン

レイン

若いころは美術教育を真面目に学ばずに哲学や文学に溺れていました。今はグラフィックデザイナーとして糊口をしのぎながら頭に浮かんだことを書いています。