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【ジャコメッティ展】アルベルト・ジャコメッティの作品意図やその人生 ~細長くて不思議な作品を生む、20世紀を代表する情熱の彫刻家~

【ジャコメッティ展】アルベルト・ジャコメッティの作品意図やその人生 ~細長くて不思議な作品を生む、20世紀を代表する情熱の彫刻家~

(アイコン画像 版権 : John Hu

小さな頭、長い手足。
針金のようなブロンズ像。

あまりアートに馴染みがなくても、
この作風に見覚えがある人は、
多いのではないでしょうか?

ジャコメッティの代名詞ともいえる、
細長い彫刻。

なんだか不思議な雰囲気ですよね。

作品の独自性が強いだけに、
一度目にすると、イメージが
目に焼き付いてしまいそう・・・!

一見、無機質なようでいて、
とてつもない存在感を放つ、
ジャコメッティ作品。

絵画、版画などの作品も多く残している彼は、
微細克明にデッサンすることでも知られています。

そんな彼が、
どのようにあの細長い作品を
生み出すに至ったのでしょうか?

とてもひと口に語れる話しではありませんが、
ほんの少しでも、その作品意図を汲みとりたい!
そんな思いで、拙文ながら
芸術系大学出身、学芸員資格を持つ筆者が、
彼と、その作品世界について、紹介致します。

その他、
画家・ミュシャについてや
画家・ミュシャのスラヴ叙事詩 ~ 彼が生きた人生 ~ Alfons Maria mucha
画家・ゴッホについては
【 耳切り事件】激しい感情のゴッホが見ていた優しい光の世界
こちらをご覧ください。

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Contents

今さらきけないジャコメッティ なんですごいの?

死後50年以上経った今でも
世界中のファンを魅了する、
20世紀ヨーロッパを代表する
彫刻家・アルベルト・ジャコメッティ。
英語表記:(Alberto Giacometti)

ピカソ、ダリ、サルトルなど、錚々たる顔ぶれと
親交があったことでも知られています。
いったいどのような人物だったのでしょうか?

若き日の試行錯誤~細長いジャコメッティ・スタイルができるまで

ジャコメッティの作風として、
針金のように細長い彫刻が良く知られていますが、
彼ははじめからそうした作品を
作っていたわけではありません。

芸術を身近に感じる環境で育ち、
そして彼の青春時代は、
キュビズム、シュルレアリスムなどの
芸術潮流が起きた頃と重なっていました。

さまざまな潮流に影響を受け、紆余曲折を経て、
何にも属さない「ジャコメッティ・スタイル」を
生み出していったのです。

出生、芸術が身近な環境で育つ~学生時代

まずは彼の生い立ちからご紹介しましょう。
1901年、イタリア国境に近い、スイス山間の
のどかな自然に恵まれた小さな村、スタンパに
生まれたジャコメッティ。

父ジョバンニは画家で、スイス印象派の草分けの
一人。フランス芸術の潮流に通じていた父のもと、
物心ついたときから絵筆を握っていました。

少年時代、羊や馬のいる丘の斜面にあった、
巨石が折り重なってできた洞窟がお気に入りで、
覗き込んでは無上の喜びに浸っていた、という
一風変わったところもあったそうです。

高校卒業後、ジュネーヴの美術工芸学校に入学。
しかしまもなく、絵画をあきらめて彫刻に転向し、
師匠を変えながら、ローマを経て、1922年パリへ。
以後、生涯パリを拠点に作品制作に励みました。

生涯の活動拠点は廃屋のようなアトリエ?!

弟のディエゴと借りたアトリエは、パリの中でも
貧しい一角、モンパルナスのイポリット=
マンドロン通りにある、粗末な建物でした。
後に金銭的な余裕ができても、結婚をしても、
ここを離れなかったというから驚きです。

自由であるために、あまり家具なども
置きたがらなかった、というジャコメッティ。
物への執着は、自分を縛ってしまう・・・と
考えたのでしょうか。相当ストイックですね!
採光も満足にとれない部屋に根をおろし、
ここで全身全霊、芸術に向き合いました。

時代ごとに先鋭的な動きを吸収

ジャコメッティは、1925年頃から数年間、
キュビズム(立体派)に傾倒した作品を作って
いました。キュビズムといえばピカソを思い
浮かべる人が多いかもしれませんね。

ジャコメッティは、先輩芸術家ピカソからも、
多大な影響を受けたようです。
偶然にも、ジャコメッティとピカソには、
父親が画家であることや、19歳で故郷を離れ
パリに活動の場を移したという共通点があります。

30歳を過ぎると、詩人のブルトンや画家のダリなど
シュルレアリスムの中心人物に誘われ、その仲間に。
誰もが持つ感覚や、意識下の世界を探ることが
芸術である、とするシュルレアリスムは、
多くの芸術家の新しい目標となっていたのです。

独自の彫刻スタイルを確立

ところが1935年、ジャコメッティは
シュルレアリスムを離脱します。
モデルを写生する、伝統的な方法に立ち戻って
具象的な表現へと回帰したのです。

その回帰は、
会派や主義を超えた革新的回帰でした。

彼は、事物を自分の目に見えるままに描き、
なおかつ本質に迫りたい、と望んでいました。
事物の表面ではなく、存在の実体を捉えようと
したのです。

彫刻のためのデッサンは不可欠でした。
弟のディエゴなど、身近な人物をモデルにし
「顔の構造を知るには、長い間見なければ」と
描いては消しを繰り返しながら、
素描に励みました。

そして、あの極限まで肉をそぎ落としたかのような
「ジャコメテッティ・スタイル」が誕生しました。
虚飾を取り去った事物の本質に迫る試み。
彼は、作者である自分自身の目からも、虚飾を
取り去りたかったのでは・・・と筆者は感じます。

何を描いても何を彫っても、出来上がったものは、
見えているものとどこか違っている・・・という
写実主義の誤りを前提に、不可能だとしても、
何とかしてそのヴィジョンに近づこうとする挑戦。
それこそが「ジャコメッティ・スタイル」を
作り上げたのではないでしょうか。

意外にも気さくな社交家? 錚々たる文化人との交友関係がすごい

何にも属さず、自分だけの芸術に向き合う彫刻家、
というと、偏屈で近寄りがたい人物・・・?と
想像してしまうかもしれませんが、
意外にもジャコメッティは気さくな性格で、
友人が多かったようです。

当時も、名だたる芸術家たちが集っていたパリ。

ジャコメッティは、
数多くの芸術家、文人らと
日々交流し、刺激しあいました。

ピカソ、ダリなどの画家、サルトル、ジュネなどの文人と交流

遡って、パリに移住して間もなく、
写実的な作品に物足りなさを感じた彼は、
キュビズムに傾倒。

そんな矢先、既に名声を得て社交界にも出入りする
ピカソと出会い、ダリ、エルンスト、といった
シュルレアリストとも交流を深めていきました。

また哲学者のサルトル、
詩人で作家のジュネなどの文人とも親交を持ち、
彼らをモデルにした作品も残されています。

ジャコメッティの作品意図には、
哲学や思想的な要素が多分にあり、それが
文人たちをも魅了したのかもしれません。

飾らない気さくな人格、アトリエに訪問者が絶えない人気者

そして何より、その飾り気のない気さくな性格が
彼の周りに人を集めていたのでしょう。

「私は何も求めない、
死にものぐるいで仕事を続けることのほかは」

彼の言葉には、芸術以外には
無欲であるひたむきさも、感じられます。

時間を惜しんで制作に励んでいた彼のもとへは、
入れかわり立ちかわり、友人が訪ねてきました。

仕事中だと言って断ることも多かったようですが、
時を忘れて、芸術論に花を咲かせることも
多々あったそうです。

あのサルトルからも一目置かれる存在だった

20世紀最大の哲学者・サルトルでさえ、
ジャコメッティには一目置いていたようです。

目に見えるまま、本質を捉えたい、
という彫刻家の試みは、

サルトルの思想「実存主義」に
通ずる点がありました。

「ジャコメッティ・スタイル」を最初に論じた哲学者サルトル

サルトルは、ジャコメッティが作り上げた
今にも倒れそうな彫像を見て驚愕した一人であり、
優れたジャコメッティ論を残しました。

互いを見ることなく、広場を横切っていく人々。
ジャコメッティが彫刻した像について

「彼らはすれちがう。癒しがたく孤独だ。
それでいて彼らは一体なのである」

と記しました。

人々は互いに相手を見失おうとしているが、
互いに求め合わなかったのであれば、
見失うこともない・・・逆説的ですが、
人々の思いを浮かび上がらせるような
サルトルの解釈には、思わず頷きたくなります。

気になるジャコメッティの恋愛観とは・・・?

類まれな感性を持っていたジャコメッティは、
一体どのような恋愛をした人だったのでしょうか。
やはり気になりますよね・・・!

彼に恋人がいた時期もあったようですが、
筆者が調べた限り、派手というほどの女性関係は
なかったと思われます。

しかしアトリエにバスルームがなかったので、
もらい湯のためか、あるいはモデルを頼むためか、
娼婦のもとへは、よく出入りしていたようです。

生涯の伴侶となったアネット・アームとの関係

49歳で、親子ほど年の離れたアネットと結婚。
アネットには、過去にあった娼婦との体験を

「近づきがたい女神のような美しさ・・・
ルネッサンスのどの彫刻よりもすばらしかった」

と語ることもありました。

ジャコメッティは娼婦に、
畏敬に近い感情を抱いていました。

アネットはそんな話しを、食事しながら
ニコニコときいていました。
ちょっと常人には理解できませんよね・・・!
彼女は彼の作品モデルにもなり、仕事の理解者
でしたが、娼婦とのことも容認していたようです。

さらにアネット自身も、ジャコメッティの友人・
日本人哲学者の矢内原伊作と微妙な男女関係に
あったといわれています。
ジャコメッティはこれを容認し、しかも
矢内原との友情が壊れることはありませんでした。

愛について語り、ときには激論!

あるとき、詩人プレヴェールと
「恋愛と食欲とどちらが大切か」をめぐり、
激論を繰り広げたジャコメッティ。

「恋愛こそ人生の花」と主張する詩人に対し、
「恋愛と食べることは同じ、むしろ
食べることのほうが大事だ」と彫刻家。

結局論争はうやむやに終わりましたが、
ジャコメッティは

「人は愛がなくても性交を結ぶし
性交がなくても人を愛することができる。
愛とは相手のために自己を棄てることだ、
こういう愛は尊く、
性交とはまったく別のものだ」

と語りました。

「愛と性交を一つにすれば、
それは欺瞞を含む点で食欲以下になる」

恋愛至上主義は我慢ならないと
彼は憤りました。

ちょっと極端ですが、
ある意味小我にとらわれない
強い愛を持っていたからこそ、
口にできる言葉と
筆者には感じられるのです。

日本人哲学者・矢内原伊作との親交に見る、ジャコメッティの情熱

日本人哲学者・矢内原伊作は、ジャコメッティと
ゆかりのある人物として知られています。

深い親交を持ち、そのやりとりについて、
記録となる著作も残しています。

いったいどのようないきさつで、
二人は絆を深めていったのでしょうか?

ジャコメッティの理解者、矢内原伊作とは?

矢内原伊作は1918年生まれの哲学者で、
1954年から2年間、パリに留学していました。

矢内原はなんと、ジャコメッティの
作品モデルにもなった人物。

二人が出会った頃、ジャコメッティはすでに
数々の先鋭的な作品で、世に知られていました。
偉大な作家のモデルを務めることは、
矢内原にとって、
大変光栄なことだったようです。

矢内原は、アトリエでの会話などを仔細に書いた
貴重な著書を残しました。
ジャコメッティファンは、日本に多いようですが、
それは矢内原の著作発表があったから、
ともいわれています。

フランス留学中の矢内原伊作との出会い

矢内原はサルトルなどを研究した哲学者で、
美術、造形芸術にも通じていました。

美術批評を書くために、当時パリで注目されていた
ジャコメッティに連絡をとり二人は出会いました。

しだいに懇意になっていくなかで、
ジャコメッティの芸術に対する意見に、
おおいに刺激を受けた矢内原。書物や風景の
捉え方にまで、影響を受けるほどでした。

長年にわたりジャコメッティと結ばれた親交

ジャコメッティと矢内原の親交は、
2年間の留学期間だけに終わりませんでした。
その後数年間、矢内原は夏休みのたびに、
ジャコメッティにフランスへ呼び寄せられました。

先述のように、矢内原とアネット夫人は
後の夏休みに特別な関係を結んだようですが、
矢内原とジャコメッティの信頼関係が
崩れることはなかったようです。

なぜか矢内原をモデルに? 2人三脚で挑んだ制作

デッサンをとことん描くジャコメッティは、
モデルを拘束する時間が長いため、弟や妻など、
主に身近な人物をモデルにしていました。

帰国を控えた矢内原に、記念に油絵を、と
描き始めたのですが、いざはじめてみると、

「すばらしい!」
「こんなことは初めてだ!」

と今までにない手ごたえを感じたのか、
「もっとやってみよう」と続いていくのでした。

結局矢内原は帰国を2ヶ月以上、延期するはめに。
日本の大学で教壇に立つ仕事が待っていましたが、
尋常でない熱意のジャコメッティを放り出すなど、
到底できることではなかったのです。

鬼気迫る創作の日々

矢内原をモデルに描く日々は、やはり
描いたものを消し、また描く・・の連続でした。

「昨日よりは何倍も進歩している!」

と狂喜としたかと思えば

「全然だめだ!」

と絶望したり・・・

「あなたは悲観ばかりしているが、
ぼくはそうは思わない」

と業を煮やし矢内原が反論することも。
ポーズをとり続け、体中が痛みましたが、
矢内原は徹底的にジャコメッティに
付き合いました。

矢内原は帰国後も、1961年までの夏休みは、
ジャコメッティに呼び出され、パリへ趣きました。
パリでの夏休み、ときくとうらやましい限りですが
着いたその日から、帰国ぎりぎりの時まで、
一日も休まず、一日中ポージング。
かなり過酷ですね!

矢内原の著書に読む、ジャコメッティの仕事

「見えるものを見えるとおりに実現すること。
輪郭を持たず、分割される部分を持たず、
一定の距離でへだてられ、周りを空間で
取り囲まれている存在を、絵具あるいは粘土で、
どうしてとらえることができるか・・・」

ジャコメッティは、自分の仕事について、
まるで不可能なこと、と常々訴えていたようです。
それでもなお、「もう少しで真実に達する!」と
挑戦を続け、この「もう少し」は
何ヶ月も何年も続きました。

シュルレアリスムの頃から世に知られ、
前衛彫刻の先駆けとなったジャコメッティは、
そこにとどまることを知らず、進歩し続けました。
「見えるものを見えるとおりに実現する」のは、
前人未踏の仕事であった、と矢内原は記しました。

ジャコッメッティのまなざしに学ぶ、人との関わり方

「見えるものを見えるとおりに・・・」
当たり前のことようにも思いますが、
これってそんなに特別なことでしょうか?
と、筆者も自問自答してみました。

同じもの、同じ人を見たとしても、
そのときの状況や、自分の受け止め方で
違う印象になるとことは、ありますよね。

逆も然りで、自分の捉え方で、世界は変わります。
何かをみるとき、実は自分という人間の内面と
向き合っているのかもしれません。

見えるもの、見ている自分の目からも、
虚飾を取り去ろうとしたジャコメッティ。
彼は、自分の内面と格闘を続けていたのでは・・・
そんな彼のまなざしから、
ものの見方を学ぶことはできないでしょうか?

彼、女友達、仕事仲間・・・あなたは周りの人をどうとらえている?

言うまでもなく、誰しもさまざまな人と関わって、
日々過ごしています。

あなたの周りにも、大切な人、友達、仲間・・・
多くの人がいるはずです。

でもその関わりの中で、
モヤッとすることって
時たまありませんか?

「最近、彼の態度、前よりぞんざいじゃない?」

例えば、そんなふうにあなたが感じたとします。
そう感じるということはあなたの中に

「もっと私を大事に、特別に扱って!」

という希望があるわけですが・・・

あるいは彼の側から見て、あなたの態度が
ぞんざいになってきたせいで、
それを受けた彼の態度も、ぞんざいに
変わったのかもしれません。

またあるいは、親しくなってから久しいために、
彼はあなたに以前よりも気を許すように
なったのですが、それをあなたは、
素直に受け止められないのかもしれません。

友人や、仕事仲間との間でも同様、
なんとなく言われたことに、ついカチン、と
きてしまったり、何かモヤモヤしたものが
心に見え隠れしたときは、一呼吸して・・・

自分の内面に何が起きているのか、
どんな不安があるのか、何が怖いのか、
何が苦手で、どんな思考パターンになりがちか
冷静に、自分に問いかけてみましょう。
ちょっと心が軽くなるかもしれません。

ジャコメッティから見えてくる? 自由であること、生きる意味の問いなおし

他に類をみない独自性、存在感にあふれた
ジャコメッティ作品。

何にも属さないそのスタイルからは、
何にも縛られない、まさに自由な精神を
感じ取ることができるでしょう。

同時に筆者は、相手を縛ることのない無垢な心、
愛を、そこはかとなく感じます。
彫刻を目の前にしながら、世界との向き合い方を
自分に問い直せるような気がしてくるのです。

国立新美術館で開催 選りすぐりの作品が一堂に会する「ジャコメッティ展」

ご紹介したジャコメッティの作品展が、
国立新美術館で2017年6月14日~9月4日に
行われます。

この機会に、ジャコメッティ作品を
間近に鑑賞してみませんか?

存在感に圧倒されそう?! 全132点の作品群

今回の展覧会でお目見えするのは、全132作品。
国内コレクターの協力も得て、彫刻だけでなく、
素描、油絵、版画など、
選りすぐりの作品が集結します。

作品の存在感はいかほどか、
ぜひとも直に感じたいですね・・・!

百聞は一見に如かず・・・! 虚飾をとり去った事物の本質へ

「見えるものを見えるとおりに実現する」
一心不乱に芸術に打ち込んだジャコメッティの
偉業は、私たちの目にどう映るでしょうか?
事物の本質へ迫る作品の数々は、今最も
見るべきアートと言っても過言ではありません。

初期から晩年の作品までの大回顧展

初期から晩年までの作品の大回顧展である点も、
今回の展示のポイントです。
先鋭の動きを吸収しながら、時代ごとに変遷した、
「ジャコメッティ・スタイル」を肌で感じましょう。

矢内原をモデルにした作品も見どころ

ジャコメッティ展には、日本人哲学者の
矢内原伊作をモデルにした素描10数点も登場。

眠っている矢内原を描いたものや、
新聞紙やペーパーナプキンに描かれた
ものもあり、貴重な資料となっています。

行ってきました!ジャコメッティ展 レポート

国立新美術館で開催中のジャコメッティ展に、
筆者も足を運んでみました。

好評のためかなりの混雑が予想されましたが、
平日の日中でしたので、
思っていたより
ゆったりと鑑賞することができました。

生命感あふれる作品群

今回の展示で再発見できたのは、
ジャコメッティ作品の生命感です。

ジャコメッティが挑んだ

「モデル=生者を死者から
隔てるまなざしを捉える」

試みの意図が、
痛切に伝わってきました。

ぜひ全方位から鑑賞を・・・!

みる角度による印象の違いは、
彫刻を鑑賞するとき、
ぜひ意識してほしい
ポイントだと思います。

ジャコメッティの作品も、
全方位からみると、
色々な発見がありました。

人間の立像を正面から見据えると、
翳りのある目元から
鋭い視線を感じるかのような錯覚が・・・!

また斜め後ろからみると、
まっすぐな「意思」を
感じ取れたりもしました。

ありえないほど
突き出た鼻を持つ男の顔「鼻」や、

くたびれた犬をモチーフにした「犬」は、
どこかユーモラスな作品。

笑っていたり、悲しんでいたりと、
よくみれば
豊かである表情がみてとれます。

やっぱり、すごい!作品の存在感

指先に乗るような小さな像から、
巨大なものまで、

ジャコメッティ作品のサイズは
さまざまですが、

いずれの作品もその存在感は
確固としています。

つまり生きている気配があるのです。

気がつけば筆者も、
存在こそが生き物の本質、命なのだと、
実存主義を体感していました。

代表的作品をシャッターにおさめるチャンス!

チェース・マンハッタン銀行の
プロジェクト用に作られた大きな像、
「頭部」「女性立像」「歩く男」の3点は、
撮影可能となっています。

この作品プロジェクト自体は
頓挫したのですが、

代表的なこれらの作品は残り、
今回撮影もできるとは、
うれしいかぎりですね!

もちろん、インスタ映えもしそうです。
ぜひシャッターにおさめてみましょう・・・!

誰かと思いを分かち合いながらもよし、ひとりでじっくり鑑賞もよし

アートは捉え方が人それぞれなので、

「どんなふうに感じた?」
「どれが好き?」

など美術館で、
感想を分かち合うのは楽しいですよね。

恋人や、気の合う仲間と
ぜひ出かけてみてはいかがでしょうか?

もちろんひとりでじっくり、
誰にも気兼ねなく思いに浸るも一興です。

ジャコメッティの世界に誘われて、
その作品意図を
大いに感じとってみてください。

会場の国立新美術館は、六本木の名所のひとつ。
ガラス張りの曲線が美しい建築物です。

施設内には、カフェやミュージアムショップも。
周辺には公園や東京ミッドタウンなどもあり、
デートや散策にぴったりの環境ですよ・・・!

彼と行く美術館デートでのマナーについては
《美術館でのマナー》大人の美術館デートを楽しもう♡
こちらをご覧ください。

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makiko

makiko

芸術系大学出身。アート・恋に夢中だった学生時代、ヒールの高い靴を愛した独身時代を経て、現在はライター、イラストレーターとして活動するアラフォーママ。

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